セッション

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狂気の物語
偉大になりたい物語
愛なんていらねぇよな物語

努力、努力、努力、努力、努力!!!

捻じくれて狂った人間と偉大になりたい人間の物語

 

映画を反面教師として思ったこと。

愛というのはやはり免罪符だなと思いました。

条件なしに許せること、本当は条件があるけれど、限りなく低い

条件で許せること、その条件の低さが愛の大きさなのかなぁと思いました。

 

この映画に出てくる鬼教師フレッチャーとドラマー志望のニーマンには

他人に対する愛がないのだなと思いました。

自分を高めること、偉大になること、より良いもの(JAZZ)を作り出すこと

そこにすべてを注ぎたい彼ら。

その行動故に狂人や変人、鬼と呼ばれてしまう。

 

死ぬほどがんばれない自分には、他人に与える事ができる愛が必要だなと思いました。

大きく深い愛ってどこに売ってるの?

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